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:2011/03/06(日) 12:21:34.89 ID:
スフィンクス、ピラミッド、ツタンカーメン、オンム・セティ…

古代エジプトの謎を語ろう。

2:2011/03/06(日) 12:25:54.00 ID:
「転生者オンム・セティと古代エジプトの謎」


 かつて私はファラオであるセティ1世の愛人であった、道ならぬ恋をしたことで命を奪われたものだった・・
と言われたら、私なら、あなたならどうするだろう?
ニヤニヤと笑って少しずつイスを後ろに引いていくのではないだろうか?

 晩年をアビュドスのセティ1世葬祭殿のそばで暮し、遺跡管理の仕事を引退してからは
わずかな年金と案内した観光客からうけとるわずかなお金で暮らしていた女性。
イギリス生まれイギリスそだち。自分が古代エジプト人のうまれかわりであることを段々に
ぼんやりと思いだしてゆくことで、他人と違っていることの理由が把握されてくる。
小さなチャンスに飛びついてエジプトへ。結婚をしても子供を産んでも、断ち切れない自分
の過去の記憶。恐れるように祈るように、自らを犠牲として捧げるような思いで、人生の
最後を迎えるためにアビュドスに向かい、居をかまえる。古代エジプトへの豊富な知識と
経験を持っていながらも、なんの名声も一切の栄誉も望まず、持たずに亡くなった
オンム・セティという女性。



3:2011/03/06(日) 14:24:00.44 ID:
モーセがヘブライ人を率いてエジプトを脱出した出エジプトは、本当にあったことなのだろうか?

虚構だったとしたら、なぜそのような物語が生み出されたのだろうか?
4:2011/03/06(日) 19:03:58.77 ID:
聖書の舞台はアシール州ですよ
5:2011/03/06(日) 22:11:41.28 ID:
ヘブライ人ってヒクソスと一緒にエジプトに入ってきたんだっけ
29:2011/04/25(月) 00:07:50.15 ID:
ギリシア人のプトレマイオス王朝もエジプト王朝
ひとえに「ファラオ」の王号をもったから
37:2011/04/26(火) 02:32:34.27 ID:
そうじゃなくて、アッシリアとか栄える以前の太古のエジプトは
トラキアからインドまで支配するような大帝国だった、みたいな話じゃないの
39:2011/04/26(火) 20:24:38.45 ID:
ああうん、史実ではね
>>37はあくまで当時の歴史書にそういうことが書かれてたって話
49:2011/04/29(金) 18:38:13.34 ID:
エジプト王国でかすぎワロタ
60:2011/05/15(日) 17:05:20.62 ID:
古代エジプト人は浅黒い肌、黒い目、黒い髪だったそうな。
古代シュメール人や古代ギリシャ人や古代ローマ人と風貌や言語が酷似している。
白人はゲルマン民族の事だから、人種が違いますね。
103:2011/06/27(月) 14:59:43.46 ID:
クレオパトラがフェラチオの名人だっていうのは
「ファラオ」と「フェラチオ」が似てるから説得力がある
121:2011/07/02(土) 21:39:43.84 ID:
イスラーム化直前の中世エジプトって宗教的にはコプト教だったの?
142:2011/08/14(日) 13:47:22.98 ID:
ほんまかいな・・・・って眉唾でみてるが、いちおう貼っとく。
「欧州男性の半数、ツタンカーメンと同じ遺伝子ルーツ」
ttp://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-22506620110803

ツタンカーメンの父系遺伝子(Y染色体遺伝子だろうな)はコーカサス由来ってのを仮に事実として、
考えられるのはヒクソス集団(基本セム系)の末端に印欧語系がいて、それがうまく現地民に溶け込み、
その子孫が第3代トトメス1世(第2代の娘婿)となり、以後第12代ツタンカーメンまで父系続く・・・てなシナリオか?
母系遺伝子なら、ミタンニ王族をいっぱい妃に迎えてるから簡単なんだが・・・。
218:2012/03/18(日) 13:02:32.61 ID:
うーん、調光うまくやらないと、パンフのように黄金のマスクらしき色合いに見えないんだろうか。
木製棺のうえに金拍つけて、そこにラピスラズリの青を塗っているんだよね?
222:2012/03/18(日) 21:49:17.86 ID:
おお、失礼、こっちのほうか。

全高どれくらいなんだろう。これと棺の合わせ技で、黄金マスクないけど我慢してね・・・ということか。
237:2012/06/06(水) 00:20:21.02 ID:
UAEが建設予定しているスタジアム



259:2012/08/14(火) 17:08:17.70 ID:
この系統図がDNA検査で確定されたのが2010年・・・・エジプト学もそうだが気付くと進歩してる学問分野って多いな。

・・・アクエンアテンは有名な立像や胸像があるのになぜ骸骨をチョイスしたのぉぉ
272:2012/09/09(日) 06:25:16.94 ID:
ツタンカーメンの遺伝子はR1b。
つまり先祖はアナトリアあたりからの侵入者に違いない。
274:2012/09/20(木) 09:21:57.93 ID:
古代エジプトの死者の書に出てくる、いまだに謎の生物
ツイッターで話題になっているようです。

写真 
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277:2012/09/21(金) 02:01:02.17 ID:
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2012092000928
聖牛アピスの墓を一般公開=エジプト

【サッカラ(エジプト)時事】エジプト考古省は20日、首都カイロ南方サッカラにある、
聖牛アピスのミイラが納められていた地下式墳墓セラペウムの一般公開を始めたと発表した。公開は10年ぶり。

セラペウムは、有名な階段ピラミッドの北西に位置し、
少なくとも古代エジプト新王国時代第18王朝(紀元前1550年ごろ~同1292年ごろ)にさかのぼる。
最大で約80トンの花こう岩製の石棺24個が納められ、古代エジプト文字ヒエログリフが彫られている。

サッカラは、古王国時代の統一王朝最初の都であるメンフィスの西に位置する。
アピスは、メンフィスの守護神プタハ神の使者とされ、死ぬとミイラ化されて葬られ、新たにアピスとなる雄牛が選ばれた。

昨年2月の政変で観光客が激減しており、アリ考古担当相は
「安全になったエジプトに大勢の観光客が戻ってきてほしい」と語った。

(2012/09/20-20:24)


一般公開されたエジプト・サッカラの地下式墳墓セラペウムにある聖牛のひつぎ=20日
278:2012/11/05(月) 22:39:18.40 ID:
http://www.47news.jp/CN/201211/CN2012110501002062.html
カイロ近郊で古代王女の墓発見 チェコの考古学チーム

【カイロ共同】エジプトの首都カイロ近郊のアブシール遺跡で5日までに、
古代エジプト第5王朝(紀元前2500年ごろ)の王女の墓がチェコの考古学チームにより発掘された。

エジプト考古学当局によると、内部に四つの石灰岩の柱があり、
王女の名「シェルト・ネブティ」や「メン・サルボ王の娘」などの象形文字が刻まれていた。
墓の周りでは高官4人の墓や人物の像を納めた石棺が見つかった。
「メン・サルボ王」の詳細は不明。考古学当局は付近に未発見の墓が埋まっている可能性があるとみている。

2012/11/05 22:05 【共同通信】




301:2013/02/27(水) 01:26:05.11 ID:
西洋って、エジプト文明とのつながりよりも、メソポタミア文明とのつながりを喜ぶ傾向がある気がするのだがw
なんでだろうな。

この宗教の問題もそれだと思う。何やら、西洋の好き嫌いが影響して、冷静に論議しきれていない気がするな。

文字だって、ヒエログリフの方がちょい古いの出ているのに、必死にメソポタミアの方の文字を持ち上げる傾向が
あるんじゃないの?アルファベットの起源はヒエログリフの方なのにね。
311:2013/03/01(金) 07:03:53.65 ID:
何故メソポタミアではエジプトのような大規模な建造物が作られなかったのか
312:2013/03/01(金) 16:48:59.22 ID:
エジプトとメソポタミアの間にいたイスラエルは緩衝地帯として生かされていたのかな
315:2013/04/12(金) 11:00:42.13 ID:
http://www.47news.jp/CN/201304/CN2013041201001487.html
エジプト最古の港の跡を発見 クフ王時代、パピルス40巻

【カイロ共同】エジプトのアリ文化財担当国務相は11日、
大ピラミッドの建造で有名なクフ王(紀元前2589~同2566年)の時代に
使われた港の跡を発見したと明らかにした。
エジプトで見つかった港としては最古のものとしている。

アリ氏は、現地でクフ王時代の日常生活の詳細が記されたパピルス40巻も発見されたと発表。
この港での月々の労働者数なども記録されており、重要な資料という。

港の跡はエジプトとフランスの合同チームが調査、北東部スエズの南方約180キロの紅海沿岸で見つかった。
港は商業用で、銅などをシナイ半島から運び出すのに使われていたとみられる。

2013/04/12 10:40 【共同通信】
325:2013/06/26(水) 11:02:02.26 ID:
http://www.47news.jp/CN/201306/CN2013062601001030.html
古代の「太陽の船」引き上げ開始 エジプト、復元へ保存処理

【カイロ共同】エジプトの首都カイロ近郊ギザで古代のクフ王(紀元前2589~同2566年)の
副葬品「第2の太陽の船」の発掘をしている吉村作治・早稲田大名誉教授らのチームは25日、
船を納めた石室から木製の部材の引き上げを始めた。エジプト考古省が発表した。

船は約600片の部材に分解して納められており、これまでのサンプル調査で、
劣化のため触ると容易に崩れる状態のものが多いことが分かっている。
復元に向け強化剤などを使った保存処理を進め、その後組み立て作業に入る予定。
考古省によると、復元には2~5年かかる見通しだ。

2013/06/26 09:43 【共同通信】


 25日、カイロ近郊ギザで、船を納めた石室の底部から簡易エレベーターで
木製の部材を引き上げる関係者(エジプト考古省提供・共同)
334:2013/10/04(金) 00:50:33.21 ID:
http://www.47news.jp/CN/201310/CN2013100301002248.html
ラムセス2世の石像発掘 古代エジプトの王

【カイロ共同】エジプトのアリ考古相は3日、首都カイロの北東約85キロのテルバスタで、
古代エジプトの王ラムセス2世の石像が発掘されたと発表した。
紀元前13世紀に王位に就いたラムセス2世の新王国時代第19王朝の時期につくられたとみられる。

石像は花こう岩製で、高さ195センチ、幅160センチ。
背面に古代エジプトの文字でラムセス2世の名前が刻まれていた。
エジプトとドイツの発掘チームが発見したという。

ラムセス2世は古代エジプトで最も力を持った王とされ、アブシンベル神殿などの巨大建造物を建築。
各地に自分自身の石像を残し、これまでにも多数見つかっている。
2013/10/03 23:17 【共同通信】


エジプト・テルバスタで発掘されたラムセス2世の石像(中央)=1日(エジプト考古省提供・共同)
341:2014/01/05(日) 11:11:22.30 ID:
ヌビア人が古代エジプト人?
350:2014/02/14(金) 12:40:48.56 ID:
http://www.47news.jp/CN/201402/CN2014021301002525.html
3600年前の木棺発見 エジプト、保存良好

【カイロ共同】エジプト考古省は13日、南部ルクソールで約3600年前の
古代エジプト高官のものとみられるミイラを収めた木棺が良好な状態で発掘されたと発表した。
今後、身元などの調査を進める。

木棺は長さ約2メートル。赤や黄色の鳥の羽の絵や、来世への安らかな旅立ちを祈るとの象形文字が描かれ、
当時とあまり変わらない色彩が保たれている。スペインの調査隊が発見した。

2014/02/14 01:03 【共同通信】



エジプト・ルクソールで発掘された木棺の頭部(エジプト考古省提供・共同)
353:2014/03/08(土) 14:09:09.24 ID:
http://www.47news.jp/CN/201403/CN2014030801001221.html
エジプト、ファラオの娘の像発見 南部ルクソール

【カイロ共同】エジプト考古省は7日、南部ルクソールのナイル川西岸で、エジプトと欧州の合同調査隊が、
古代エジプト第18王朝最盛期のファラオ(王)、アメンホテプ3世(紀元前14世紀ごろ)の娘の像を発見したと発表した。

像は石こう製で高さ170センチ、幅52センチ。
既に知られている王座に座るアメンホテプ3世の高さ約14メートルの巨像の両脚の間から見つかった。
かつらをかぶっているもようだが、顔部分は損傷して表情などは見えない。
娘の名前が足付近に刻まれていた。

2014/03/08 05:49 【共同通信】


エジプト南部ルクソールで見つかったアメンホテプ3世の娘の像(エジプト考古省提供・共同)
367:2014/04/12(土) 17:17:51.91 ID:
サン・マルコ寺院にある遺体は聖マルコのものではなくアレキサンダー大王と言う人もいるとかいないとか…
369:2014/05/01(木) 11:44:55.75 ID:
http://www.47news.jp/CN/201405/CN2014050101000886.html
エジプト有名王墓のレプリカ公開 ツタンカーメン

【カイロ共同】エジプト南部ルクソールにある観光名所、古代ツタンカーメン王(紀元前14世紀)の墓を
精巧に再現したレプリカが実物の近くに完成し、4月30日に開所式が行われた。AP通信が伝えた。

実物の墓は観光客の呼吸による湿気などで壁画などの劣化が進んでおり、
レプリカへの訪問を促すことで実物を守るのが目的だ。

ルクソール西岸の「王家の谷」にあるツタンカーメン王墓は、
黄金のマスクをしたミイラや財宝が見つかったことで知られる。
財宝類は首都カイロの考古学博物館で公開され、王墓では壁画などが見られるが、
湿気や温度変化による彩色部分の剥離などが問題となっていた。

2014/05/01 10:33 【共同通信】


4月30日、エジプト・ルクソールで、ツタンカーメン王の墓のレプリカ開所式に参加したエジプト考古学者ら(AP=共同)
396:2014/11/04(火) 00:50:24.06 ID:
まあ古代エジプトとギリシャ・ローマの縁は深いからそゆ意味では情報多いわな
ヘロドトスもエジプトに多くの頁を割いているし、プトレマイオス朝も成立するし
それをローマがすったもんだの末に征服するし
400:2014/11/08(土) 01:06:25.87 ID:
文字と媒体(パピルス、石)があったのに、文学が発展しなかったのは残念
庶民は無理だとしても、神官やギリシャ・ローマから来た知識人は何らかの文学に接してたのでは
それに、あんだけ王がいるんだから一人位は文学のたしなみがある王がいてもおかしくはない

シヌヘの物語みたいなのが存在するんだから、文学不毛の地ではないはずだよね
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8C%E3%83%98%E3%81%AE%E7%89%A9%E8%AA%9E
405:2014/12/05(金) 01:52:45.19 ID:
>>400
死者の書なんて立派な文学じゃね?

まああそこは古代から国があっただけのことはあって
戦争もそれだけやって、物がぶっ壊されたり失われたりしてるから
遺物もそれに応じて残りにくいものは本当に残らない
402:2014/12/04(木) 23:01:27.52 ID:
一神教を発明したのはエジプト人ですか?
404:2014/12/05(金) 01:49:34.75 ID:
>>402
ユダヤ系エジプト人のモーセじゃね
407:2014/12/05(金) 04:00:22.33 ID:
キリストとホルスを関連付けるのに、イシス・メリーってのが出て来るけど、
イシスの名前がイシス・メリーって、どこがソースになってるの?
408:2014/12/05(金) 04:46:36.01 ID:
ローマ時代のトンデモ
それにしてもメリーってなんだよ
409:2014/12/05(金) 13:04:54.72 ID:
>>408
ローマ時代ってことは、少なくとも現代じゃないってこと?

メリーというのは、メリー・クリスマスの語源的な意味で言ってるんだろうけど、
ソースがまるで出てこない。

最初に話しが広がったのは、ツァガイストだっけ?  動画があるでしょ。
あれでもメリーって話しは無かったと思うけど・・。

あと、ホルスの誕生日が12月25日ってのも、三賢人がどうのこうのとか、
12人の弟子が~ とか、元のホルスの話しにも、出てこないよね。
こういうのもローマ時代に出てたのかね?

今太陽神について調べてるんだけど、エジプトで太陽信仰が強く打ち出されたのは、
第4王朝~第5王朝にかけてって、感じなんだよね。

それ以前に、エジプトにホルス=太陽神としての、強い太陽信仰があったという感じじゃないような印象だけど、
実際のところはどうなんだろ?

・ラーの太陽信仰の起源
・太陽信仰としてのホルスが、第5王朝のラー以前に強く打ち出されていたか。
・そもそも古代エジプトの始まりから、太陽信仰が中心に据えられていたのか、それとも、後から出てきたのか。
ここらへんを知りたいんだけどね。
410:2014/12/06(土) 01:24:16.92 ID:
古代エジプトにも古代ローマにもメリーなんてものはない
いい加減なことを言うなよ
411:2014/12/06(土) 03:18:26.79 ID:
>>410
いい加減なことだと・・・?    
ついさっき発見したぞ。  そのソースらしきものを。   おまえこそいい加減なこと言うな。

アレクサンダー大王のことを調べていたら、大王がエジプトを解放し、ファラオとして即位したとき、
「メリアムン・セテプエンラー」 という、ファラオ名を得たと出てきた。
アメン神殿にその像を飾られたとある。

「メリアムン」  これはもしかして・・・、と思って調べてみると、「アムン」では出てこないが、
ここを「アメン」に変えると出てきた。

・ラメセス3世  →  ウセルマアトラー・メリアメン
・ラメセス6世  →  ネブマアトラー・メリアメン
・ラメセス7世  →  ウセルマアトラー・メリアメン・セテプエンラー
他数人に、「メリアメン」という即位名が付けられてる。
ホルエムヘブも、誕生名が、「ホルエムヘブ・メリアメン」になってる。

で、「メリ・アメン」の意味は、「アメン神に愛されし者」。
「アーメン」と「メリー」が並んでるってのも意味深だが、
歴代王朝の中で、一番早く「メリー」が使われたのはどこかって探したら・・・、

第6王朝 ペピ1世(前2332 - 2283年頃) 即位名が、 「メリラー」になってる。
ペピ1世には二人の妻がいて、姉妹なんだけど、名前が、「アンクネスメリラー1世」と「アンクネスメリラー2世」。
「メリラー」というのは、「ラーに愛されし者」、という意味になるよね。

言語のソースも見つけたぞ。
http://www.geocities.jp/kmt_yoko/IMEG_4.html
メリー+神名A「A神に愛される者」(神名は尊敬の倒置を受けてメリーの前に書かれる)などがあります。
412:2014/12/06(土) 22:21:49.59 ID:
そこのアルファベット表記が[mry]である事に注意。ヒエログリフでは母音を表記しないので
当時どのように発音されていたかは不明です。

同じサイトの記述
「古代エジプト語では母音が表記されないので、便宜上子音と子音の間にはエの音を挟みます。」
414:2014/12/07(日) 00:28:36.06 ID:
>>412
>母音を表記しないので
>当時どのように発音されていたかは不明です。

これは表記の問題で、実際に母音が発音されなかったってことじゃないよね。
それで、これはどういうことだろう?
発音全体が不明なのか、Mの母音の発音が不明なのか・・・。

「マ」なのか、「ミ」なのか、あるいは、「ム、メ、モ」なのか。

「マリー」や「モリー」でも、発音としては、それほど大差ないってことなのか、
そもそも子音自体の発音すら創作なのか。
413:2014/12/06(土) 22:25:47.39 ID:
ヒエログリフもヘブライ語やアラビア語みたいな母音省略の書き方だったのか
416:2014/12/07(日) 00:49:48.13 ID:
2ch用語の「kwsk」「mjsk」「wktk」「ktkr」
とかはヒエログリフの表記法をうけついでいるんだよね
417:2014/12/07(日) 01:03:47.17 ID:
メソポタミア方面も母音なし
たしかフェニキア文字を模倣したギリシア人が母音を文字にしたはず
418:2014/12/07(日) 01:11:49.69 ID:
さて、これは何と呼ばれたものでしょう?
YHWH
419:2014/12/07(日) 02:36:06.16 ID:
>>416
それは分かりやすい喩えだ

>>418
なるほど


>>417
KRK (これか。)

アブジャド
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%96%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%89

>ひとつの子音に対し、通常ひとつの音素文字をもつ。
>「真正の」アブジャドには母音を表す記号がなく、読者が適切な母音を補わなくてはならない。
>現代使われているアブジャドのほとんどは「純粋でない」アブジャドで、母音の記号も若干ある。
>こういったものにはアラビア文字、ヘブライ文字、アラム文字、アヴェスタ文字などがある。
>純粋なアブジャドの例としては、古代のフェニキア文字がある。

>現在知られているアブジャドはすべてセム文字体系に属し、原シナイ文字(紀元前1500年ころ)から派生したと考えられている。
>これはエジプトヒエログリフから派生したと考えられている。
420:2014/12/12(金) 18:02:06.60 ID:
YHWHとか666とかは表意文字?というか暗号というか的な使われ方してるだけのような?
435:2015/03/30(月) 11:53:46.93 ID:
http://www.afpbb.com/articles/-/3043940
古代エジプトのビール醸造用容器、イスラエルで発掘
2015年03月30日 10:36 発信地:テルアビブ/イスラエル

【3月30日 AFP】イスラエル考古学庁(Israel Antiquities Authority、IAA)は
29日、テルアビブ(Tel Aviv)の工事現場から古代エジプト人がビール醸造に用いた
約5000年前の陶器の破片が見つかったと発表した。

発掘チームによると、現場からは青銅器時代初期(紀元前3500~3000年)の食物貯蔵用の穴17個も発見された。
これは5000年前のテルアビブ中心部に「エジプト人居住地」があったことを示す初めての発見で、
青銅器時代初期の古代エジプト人の存在を示す証拠としては、これまで見つかった中で最も北に位置するものだという。

イスラエル考古学庁によると、これまでの発掘結果から、
すでに紀元前4000年紀半ばにエジプトのナイル(Nile)川デルタ地域でビール醸造が行われていたことが分かっている。
古代エジプトではビールは「国民的飲料」で、年齢や性別、地位にかかわらず広く飲まれていたという。(c)AFP